見出し画像

「隠された美」を大切にする日本橋特有の「粋」


日本橋室町一丁目に店を構えて170年余。

江戸の時代から移り変わる日本橋の姿を見続けながら、海苔ひとすじに革新の歴史を歩み、日本の食文化に多大な貢献を果たしてきた山本海苔店。

日本橋の魅力を知り尽くした、山本海苔店の代表取締役社長である山本貴大氏が語る、一味違う隠された日本橋の魅力や大人の楽しみ方、そして日本橋への想いや未来への期待。

日本橋という街が、なぜ人のこころを惹きつけるのか。その一端をどうぞ味わってみてください。

日本橋は、質問すると愉しい街!
隠された「粋」の文化を堪能する

― ―山本社長が考える、日本橋という街の魅力や楽しみ方は、どのようなものでしょうか。

山本:
山本海苔店は、初代 山本德治郎が江戸末期の嘉永2年(1849年)に、現在も本店のある日本橋の室町一丁目に店を構えたところからその歴史が始まりました。

当時100万都市・江戸の中心であった日本橋は、食文化の宝庫であり、日本橋にあった魚河岸も大きな発展を遂げていました。
山本海苔店も江戸で最も栄えていたここ日本橋を舞台に、本当においしい海苔づくりを追求し、海苔文化を広めていったのです。

山本海苔店 本店

私自身は大学卒業後、将来山本海苔店を継ぐために最良の経験を積めると考え、4年間の銀行経験を経て、2008年に山本海苔店に入社いたしました。

そこでまず、日本橋のいろいろな老舗と呼ばれる店を訪ねてみたのですが、最初の印象は「意外と何も説明してくれないんだなぁ」というものでした。

ところが、店の方にいろいろ質問をしてみると、ふだんは聞けないようなおもしろい話やこだわり、興味深い情報が山ほど返ってくる

そんな体験をここ日本橋で何度もしたのです。
 
実はそこには、日本橋特有の「粋」の文化が時代を超えて息づいていたのです。

株式会社 山本海苔店 代表取締役社長 山本 貴大 氏

「粋」を大切にしている文化圏

面と向かって『うちは老舗です』『うちの商品はおいしいです』『うちはここにこだわっています』と声高にいうのは「野暮」なこと。
自分たちのこだわりや語るべきことはたくさんあるけれど、あえて自分たちからは言わない。

日本橋は、そんな「粋」を大切にしている文化圏なのです。

少し言い変えるとするならば「隠された美意識」の高い街であり、それを発見して、感じとることで一味違う魅力を楽しめる街なのです。

私は、そんな日本橋の「粋」の文化に、すっかり虜となってしまいました!
だから、老舗の店に行ったら最初は少しハードルが高いかもしれませんが、どんどん質問してみることをお勧めいたします。

興味をもって聞いてみると、きっとこころを惹きつけられるような素敵な話やものたち、さまざまな食文化などたくさんのいい出会いに恵まれると思いますよ。

「日本橋は、質問すると愉しい街」

隠された日本橋の魅力をどんどん聞いて、自分の目で、耳で、口で、こころで感じて、新たな日本橋を発見してみるのも、一味違う大人の楽しみ方だと思います。

日本橋の地域との強いつながりがあるからこそ、今の山本海苔店がある

― ―長年日本橋と歩み続けてきた企業として、日本橋への想いや街との関わり方をどのようにお考えでしょうか。

山本:
実は、山本海苔店は四代目の時期に、関東大震災により日本橋の店舗や倉庫が大きな被害にあいました。

昭和初期の山本海苔店 本店(山本海苔店HP参照)

しかし、すぐさま復興に取り掛かり、わずか20日でお店を再建したという歴史があります。日本橋の地域の方々による多大な尽力があったからこそ再建することができたに違いありません。

山本海苔店は、街、地域との強いつながりを古くから大切にしてきたからこそ、今でも会社があり、お店があるのです。

長い歴史を共に歩んできたここ日本橋の一員として、今後もこの街を大切にしようという想いをさらに強めています。

たとえば、日本橋の橋洗いや神田まつり、箱根駅伝のボランティアなど、この街と関わりのある行事やイベントなどについては、大きな情熱をもって積極的に参画しています。

日本橋橋洗いの様子(名橋「日本橋」保存会 YouTube参照)

また、日本橋の魅力や街のブランド価値を高めるためのイベント、情報発信メディアなどにも積極的に参画、協力させていただいています。
 
この場をお借りして活動の一端をご紹介させていただきますと、
日本橋の伝統と働く人のつながりを目的にした朝活イベント「アサゲ・ニホンバシ」

アサゲ・ニホンバシ Facebookページ参照

ここでは、毎回ゲストスピーカー2人を招き、日本橋にちなんだ朝食「アサゲ」を食べながら地域のワーカーを中心とする参加者同士が自由に交流する場となっています。

毎回ゲストがユニークで、「前の100年(=マエヒャク)」として創業100年以上の日本橋の老舗企業から1人、「後の100年(=アトヒャク)」としてこれからの100年を築いていくようなベンチャー企業や若手クリエーターなどから1人を招いて、いろいろな講演や意見交換なども行なっています。

この活動は100回限定で開催し、最終回でも多くの方に集まっていただきました。

また、日本橋のものづくりの魅力を発信する「日本橋もの繋ぎプロジェクト」をYouTubeでの配信を中心に展開。

元々は、新型コロナウイルスの影響で活気を失った街を元気づけようと、銀座の老舗和菓子店「木挽町よしや」3代目・斉藤大地さんが立ち上げた「銀座もの繋ぎプロジェクト」に共鳴し、それを広げる形で日本橋弁松総本店の樋口社長が日本橋ではじめました。

日本橋には商品もさることながら、ユニークな経営者も多いので、商品と併せて人の魅力も紹介していきたい。

また日本橋周辺では街の再開発が進んでいますが、美しい日本橋の景観や街並みも動画で残したいと、私も進行役を務めながら『日本橋らしさ』を大切に若手が原動力となって新しい日本橋づくりに繋げていきたい、と思っています。

さまざまな可能性に満ちた、日本橋の未来
変わらぬ魅力と革新から生まれる魅力の融合に期待

― ―現在、日本橋では再開発が盛んに行なわれていますが、日本橋の未来へどのような期待を寄せられていますか。

山本:
ひと言でいうならば「日本橋の未来については楽しみ」でしかありませんね。

室町エリアにある山本海苔店を含む周辺一体が再開発エリアに含まれており、来年以降に1965年竣工の本社ビルの解体も始まっていきます。

山本海苔店では、これから日本橋が大きく変貌していくことをチャンスと捉え、現在の本店の近くに山本海苔店ではまったく初めての試みとなる飲食店を併設した新店舗を立ち上げる計画を進めています。

現在若手メンバーを中心に「山本海苔を最もおいしく、楽しんでもらえる飲食店を作ろう!」と急ピッチで計画を進めていますので、どうぞ楽しみにしておいてください。

私自身も、山本海苔店が追求する本当においしい本物の海苔と若手メンバーが考えるユニークなアイデアが融合して、これまでにないどのような山本海苔の魅力や可能性が広がっていくのか、今からとてもワクワクしています!!

日本橋はさらに魅力的な街へと進化していきますが、冒頭にお話しましたように、日本橋の「粋」の文化はいつの時代も変わらないものとして脈々と引き継がれていくことでしょう。

そして、「粋」の文化を体現、継承し、日本橋の文化を大切に育てている老舗をはじめとする方々、またそんな日本橋を愛し街に通われる方々、そのような「粋」な人たちが最も日本橋の魅力を支える根源になっているのではないかと、私は思っています。

さまざまな可能性に満ちたおもしろいポジションにある街

日本橋には、100年以上続く企業や店舗が200以上あると言われています。

日本橋がさらに魅力的な街に進化すれば、これから地方や海外の方にも日本橋の老舗巡りなどで楽しんでいただく機会も増えてくるのではないかと思います。

実は、まだ日本橋に来られたことがない方には、日本橋がどこにあるか知らないと言う方もいらっしゃいます。

東京駅からも徒歩10分の位置にあって、江戸、東京の商業、経済、金融、食文化などの伝統と革新をリードしてきた、他にはない独自の魅力をもつ街として、どこか都市伝説的な要素をもつ、さまざまな可能性に満ちたおもしろいポジションにある街ではないかと感じています。

未来の日本橋でどのような新たな魅力が生まれ、時代変化に対応したエネルギーと活気に満ちた街になっていく姿を想像すると、楽しみでなりません。
 
山本海苔店でも、先代が積み重ねてきた時代に先駆けるような革新を生み出すコンピテンシーを活かして、「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」という経営理念をどの時代になっても徹底追及していきます。

そして、「おいしい海苔を、心の底から残そうという想い」で、海苔文化の価値をさらに高めながら、おいしい海苔文化を後世に伝え、日本橋の発展や新たな魅力づくりに貢献していきたいと思っています。


他の日本橋についての記事は下記からご覧いただけます


今の課題をなんでもご相談ください!

はじめてのオフィス移転もこれで安心!

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!